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大阪地方裁判所 平成7年(ワ)8865号 判決 1999年3月17日

神戸市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

松田繁三

東京都千代田区<以下省略>

被告

日興證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

板東秀明

宮﨑乾朗

大石和夫

玉井健一郎

辰田昌弘

関聖

田中英行

塩田慶

松並良

河野誠司

水越尚子

主文

一  被告は、原告に対し、金一六三八万八五三二円及びこれに対する平成六年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金三六一二万六四四五円及びこれに対する平成六年一月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、被告会社において証券取引をしていた原告が、被告会社の従業員であったB(以下「B」という。)による違法な勧誘行為や無断売買等によって損害を被ったとして、不法行為(被告会社自身の不法行為、あるいはBの不法行為の使用者責任)に基づく損害賠償を請求(なお、信用取引における無断売買については、主位的に不当利得返還請求、予備的に損害賠償請求)している事案である。

二  当事者間に争いのない事実

1  当事者

(一) 原告(昭和二二年○月○日生まれ)は、株式会社a(アパレル関係業務を営む会社)の代表取締役をしていた者である。

(二) 被告は、証券取引法に基づく大蔵大臣の免許を得て有価証券の売買等を業として営む証券会社である。

本件の取扱店は大阪支店であり、担当者はBである。

2  本件以前までの被告会社における原告の取引経過

(一) 原告は、平成五年二月一五日ないし一六日ころ、被告会社大阪支店を訪れたところ、Bが応対した。

そして、原告は、同日、被告会社大阪支店において、取引口座を開設した。

(二) 原告は、平成五年二月一八日から同年四月二七日までの間、別紙「X名義取引一覧表」番号1ないし10記載の取引を行い、これにより同一覧表番号10記載の太陽物産の新規公開株式の売却時点で一九四万三四四七円の利益をあげた。

3  ワラントの購入

(一) 原告は、平成五年四月一四日ころ、Bから電話で山之内製薬ワラントの勧誘を受けた結果、左記内容のワラント(以下「本件ワラント」という。)を購入する旨承諾し、同月二三日に代金二二九四万三二五〇円を被告会社に振込送金した。

(1) 商品 山之内製薬第四回ワラント

(2) 約定日 平成五年四月一六日

(3) 受渡日 平成五年四月二三日

(4) 数量 一〇〇万

(5) 単価 二〇・二五ポイント

(6) 為替レート 一一三・三円

(7) 代金(円換算) 金二二九四万三二五〇円

(8) 行使期限 平成九年四月一五日

(二) 原告が、平成七年六月一日、被告会社において本件ワラントを売却したところ、受渡代金は金二七〇万〇九二六円で、差引き金二〇二四万二三二四円の損失が発生した。

4  信用取引

(一) 被告会社における原告名義の信用取引(以下「本件信用取引」という。)は、平成五年四月二七日から同年一二月三〇日までの間に行われ、その内容は、別紙「X名義取引一覧表」番号12ないし58記載のとおりである。

(二) この結果、最終損益として、金一二八八万四一二一円の損失が発生した。

三  争点

1  本件ワラントの購入勧誘行為は違法か否か。

(一) 原告の主張

(1) 適合性の原則違反

① 原告は、被告会社との取引までワラント取引の経験や知識は皆無であり、そのことをBは認識していたのである。また、原告の被告会社における取引の目的は、リスクの極めて少ない新発転換社債と新規公開株に限定されていたものであって、ワラント取引が原告の投資目的に真っ向から反するものであったのである。

ところが、Bは、本件ワラント取引について、電話で約一〇分間の勧誘をしただけである。しかし、前述のような取引経験しかなく、ワラント取引に関する知識がほとんどない原告に対し、仕組みが複雑で、理解も困難で、リスクが非常に大きい商品であるワラントを、いきなり電話で購入方を勧誘しても、原告がその仕組みや危険性を理解できるはずがない。

このようなBの勧誘行為は、適合性の原則に反するものというほかない。

② 本件ワラントは、株価(二五二〇円)が権利行使価格(二五六三円)を下回るマイナスパリティのワラントであった。

さらに、本件ワラント購入時点における山之内製薬の株価(二五二〇円)が三〇七九円以上に値上がりしないと市場で買う方が安く買えることになり、その場合、本件ワラントは無価値に帰することを意味する。しかるに、山之内製薬の株価は、平成三年一〇月一六日に三〇三〇円を付けた後は、全体的基調としては一貫して下落しており、以後三〇〇〇円台に上ったことがない。勧誘したBも、山之内製薬の株価が三〇七九円以上になるという確たる見込みを持っていなかった。

このように、マイナスパリティのワラントで、かつ売却時点における株価が購入コスト以上に値上がりする合理的な根拠や見込みのないワラント(無価値に帰する蓋然性が極めて高く、これを取得した者はできるだけ早期に転売して売り抜けないと全損を被るのである。)を、一般投資家に勧誘することは、特段の事情のない限り、不適切である。

(2) 説明義務違反

① ワラントを一般投資家に売却する証券会社は、単にハイリスク・ハイリターンとか、権利行使期限が到来すれば無価値になるといった点だけでなく、株価と権利行使価格、権利行使期限によって複雑に変化するワラントの価格変動のメカニズムや、マイナスパリティのワラントの場合には今後の株価が相当の率で上昇して権利行使価格を上回ると考える根拠とその確度まで十分に説明しなければならない上、その説明の内容・程度も投資家に現実に「理解」させなければならないというべきである。

かかる「理解」との関係において、単なる説明書の交付は説明義務の履行とはなり得ないし、むしろ説明書の事後交付は説明の不十分さを裏付ける要素となるものである。

② 本件において、Bは、公正慣習規則や社内規則に違反して、取引の前に説明書に基づいて説明することをせず、電話でわずか一〇分程度、山之内製薬の銘柄の有利さを中心とした話をしただけで、仮にワラントの話題に入ったとしても初めて経験する一般投資家が理解できるような説明をしていないものである。また、本件ワラントはマイナスパリティのワラントであり、山之内製薬の株価が三〇七九円以上に上昇しないと無価値になるにもかかわらず、B自身そのことを理解しておらず、当然そのことを原告に説明していない上、購入当時二五二〇円の株価が三〇七九円以上に上昇するという見込みもなく、これを裏付ける客観的な蓋然性もなかったものである。

したがって、Bの本件ワラントの勧誘行為は、説明義務違反に該当すること明らかである。

(二) 被告の主張

(1) 適合性の原則違反の主張について

原告は、被告会社における取引開始時点において、他の証券会社における取引経験も含め、有価証券取引について相当深い経験と豊富な知識を有していた者である。さらに、原告の投資スタンスは短期売買に徹していて一般投資家とは全くかけ離れていることが明らかであり、原告の投資目的は、資産の安定的運用ではなく、専ら短期のキャピタル・ゲインの獲得にあったものである。

また、原告は、会社のオーナー社長であり、自宅として高級住宅地に敷地約二〇〇坪にも及ぶ屋敷を有しており、自家用車も原告用にボルボ、夫人用にBMWという高級外車を所有している資産家なのである。

このような原告にとって、ワラント取引を行うことが適合性の原則に違反するものでないことは明らかである。

(2) 説明義務違反の主張について

① Bは、平成五年四月一四日の夕刻、原告に電話をかけ、(a)山之内製薬の新発のワラントがあること、(b)ワラントとは新株引受権のことで、権利行使価格という決められた値段で株を引き受ける権利であること、(c)ワラントはハイリスク・ハイリターンの商品であって、株価が一割上がればワラントは三割から四割上がるし、逆に株価が一割下がればワラントは三割から四割ぐらい下がるものであること、(d)権利行使期間という制約があって、その期間を過ぎると無価値になること、(e)山之内製薬のワラントは外貨建てであり、為替の影響を受けること、等を説明し、その後に山之内製薬の株価の値動きや同社のワラントの具体的な権利行使期間等について話をしたのである。

② Bは、翌一五日午前九時ころ、原告宅を訪問したところ、原告が門の所まで出てきたため、そこで話をすることになった。Bは、原告に対し、国内ワラントの取引説明書と外国ワラントの取引説明書とを渡してワラント取引の確認書と約諾書とを提示した上で、ワラントがハイリスク・ハイリターンの商品であるからこのような確認書と約諾書を徴求することになっている旨話すとともに、再度、株価が一割値動きすればワラントは三割から四割くらい値動きすること、権利行使期間内に処分しないと無価値になること、為替の影響を受けることを説明した。原告は、これを聞いた上で、ワラント取引の確認書(乙五)及び外国証券取引口座設定約諾書(乙一三)に署名押印したものである。

③ また、原告は、長年にわたる深い投資経験と豊富な知識を有する投資家であるから、前記①及び②記載の説明を受けた以上、ワラント取引に関する説明を十分に理解できたものというべきである。

2  本件信用取引は違法か否か。

(一) 原告の主張

本件信用取引は、次の点において違法である。

(1) 無断売買

① 被告会社が行った本件信用取引は、原告の了承を得ることなくBが勝手に行ったものであるから、その全部が無断売買である。したがって、不当利得返還請求できるものである。

また、本件のような一連の取引の中で仮に一部を無断売買と認定する場合、無断売買も違法な取引の一つなのであるから、一連の不法行為の一部として不法行為による損害賠償請求を認めることが可能である。

原告は、無断売買については、不当利得返還請求と不法行為に基づく損害賠償請求とを選択的に主張するものである。

② ただし、無断売買は、原告の関与が全くないものであるから、自らの関与のないままに実行された取引について原告の過失を云々する余地は理論上あり得ない。

したがって、不法行為に基づく損害賠償請求が認められたとしても、過失相殺されることはあり得ない。

③ 被告は、無断売買を原告が追認した旨主張する。

しかしながら、無断売買の追認が認められるためには、顧客が自己の置かれた法的地位を十分に理解した上で真意に基づいて当該売買の損益が自己に帰属することを承認したことを要するところ、取引の報告書を一方的に送付されたり、取引の明細をよく理解できないままに現金不足分を送金したり、Bの言われるままに証券会社の書類に機械的に署名押印しただけでは、無断売買を追認したことにはならない。

(2) 適合性原則違反

原告は、信用取引の知識経験が全くなく、信用取引を行うという投資意向も有していなかった者である。本件信用取引の経過をみても、勝手な信用取引を行うBの行為をチェックできる能力がなかったことは明らかである。

したがって、本件信用取引についての適合性は、到底認められないものである。

(3) 説明義務違反

① 証券会社は、信用取引においても、取引の仕組みやリスクについて十分な説明をし、かつ顧客に理解させるべき義務がある。

説明の内容としては、単にハイリスクであるというだけでは足りず、少なくとも、取引の種類方法(買建て、売建て、反対売買、品受け等)、決済の方法、保証金の意味・その徴収方法・金額、弁済期限の定め、金利を要することやその計算方法、手数料の算定方法、諸経費の算定方法、取引本体の金額に比べて相当高率・高額の手数料・金利・諸経費がかかるため、取引本体で少々利益が出てもこれらに食われてしまうこと、逆に取引本体で損失が出れば諸経費と合わせて更に損失が拡大すること等を、はっきりと説明する必要がある。説明の方法としては、所定の説明書を交付した上で、顧客が十分に理解できるよう説明することが求められる。

② 本件信用取引において、Bは、信用取引がハイリスクである程度の説明をしただけである。また、Bは、説明書を交付した事実もなく、これに基づいた説明もしていない。約諾書(乙七)や受領書(乙六)も単に署名押印をさせただけで、書面を読んだり内容を理解させたりすることもしていないのである。

このように、原告は、信用取引の本質的なリスクの説明を受けていないし、理解もできていない。よって、本件一連の信用取引は、説明義務違反に該当するものである。

(4) 背任的取引

Bが原告から一任的に信用取引の執行を任された以上、被告は、高額の手数料を徴収する実態や委任の法理からしても、原告に対し、忠実義務ないし善管注意義務を負うものである。しかるに、本件の一連の信用取引は、原告の利益をないがしろにして、利益相反行為というべき被告の手数料収入の確保のみを図ったものである。

よって、被告の行為は、忠実義務ないし善管注意義務に違反したものである。

(5) 過当取引

① 証券会社における取引が、(a)過当性の要件(取引の数量・頻度が過当であること)、(b)コントロール性の要件(証券会社が一連の取引を主導していること)、(c)悪意性の要件(証券会社が顧客の信頼を濫用して自己の利益を図ったこと)を満たす場合には、過当取引として違法性が肯定される。

② 本件信用取引における売買回転率(顧客の投資資金が売買取引で何回転したかを示す数字であり、一般には、一年間の買付総額を各月末の投資残高の単純平均値で除することによって、一年間に顧客の資金が何回転したかを表す年次回転率を指す。)は一二・四三回にも及び、過当性の要件を充足していること明らかである。

また、Bは、主導的に本件信用取引を行っていた(コントロール性の要件を充足する。)上、原告の利益をないがしろにして短期間のうちに多額の手数料収入を獲得する目的で多くの取引を行ったものであって、悪意性の要件も充足するものである。

(二) 被告の主張

(1) 無断売買の主張について

① Bが、原告の事前の承諾を得ることなく取引を行い、取引直後に原告に連絡して追認を受けたものは、次のとおりである。

(買建て)

(a) 平成五年五月七日 日本ケミコン三万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号19、20、21)

(b) 同月一二日 三菱自動車一万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号22、23)

(c) 同月二〇日 トーヨーカネツ二万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号28、29)

(d) 同年六月四日 スタンレー五万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号33、34、48、49、50)

(e) 同月二八日 興亜石油一万五〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号35)

(f) 同年七月一六日 日本ケミコン一万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号39、40)

(売却)

(a) 平成五年五月六日 日通工一万四〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号16、17)

(b) 同月七日 日通工一万一〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号18)

(c) 同年六月二八日 スタンレー二万五〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号33、34)

② 原告の本件信用取引が開始されたのは平成五年四月二七日からであるが、Bは、ほとんど毎日午後九時ころに原告に対して電話をかけるようにしており、その際、原告が外出中のときには原告の妻に原告の帰宅時刻を聞いて、電話をかけ直して連絡をとるようにしていた。Bは、このようにして、本件信用取引を開始してしばらくのうちは必ず原告の事前の承諾を得てから取引を行っていたが、原告から全部の口座の利益の範囲なら損が出てもよい等との話が出たこともあって、途中から、原告に電話しても連絡がとれないときに取引のタイミングを逸してはいけないとの気持ちから、原告の事前承諾を得ないまま見切り発車で取引を行うこともするようになった(ただし、前記①記載のもの以外は、全て原告の事前の承諾を得ているものである。)。

Bは、必ず取引の当日に取引内容を原告に対してファックス送信していたが、原告から「事前連絡がなかった。」旨の苦情は一度もなかった。逆に、平成五年五月一二日の三菱自動車株の信用買付けのときには、原告の事前承諾なしに買い付けたところ、現金担保が七六万円不足してしまったので原告に報告したら、直ちに原告から五月一四日に右不足分を含めた八〇万円が入金されるということもあったのである。このため、Bは、事前連絡のない取引についても、原告が事後的に承認しているものと考えていた。

また、原告は、個々の取引の翌日に被告会社から郵送される取引報告書、毎月一回被告会社から郵送される月次報告書を受領していたが、事前連絡がなかった旨の苦情を申し出たことは一度もなかった。

さらに、原告は、平成五年一二月二九日、被告会社大阪支店において、B及びC営業課長の二人が応対して取引残高の確認をした時に、取引残高確認書(乙一)を示されて預かり金や原告が入庫した預かり株券について説明を受け、さらに「被告会社で取引した銘柄としては山之内製薬のワラントと富士通の信用建玉の二つが残っているが、前者はその時点での評価が一〇〇四万四〇〇〇円であること、後者は九三万二六九二円の評価損の状態になっていること。」の説明も受け、取引に不審な点がなければ署名押印してほしいと申し向けられたが、何の話もせずに取引残高確認書に署名押印したものである。

また、Bが平成六年二月に大分支店への転勤の際、原告に電話で転勤の挨拶をしたが、この時にも苦情はなかったものである。

③ 無断売買の場合には、預かり金や預かり証券に対する不当利得返還請求が認められる反面、損害賠償請求は成立の余地がないというのが確立した判例であるから、この点において、不法行為による損害賠償を求める原告の主張は失当である。

④ 仮に無断売買において損害賠償請求が認められる場合、原告は、事前連絡のない取引が行われた都度取引報告書によって速やかにその取引内容を認識していたのであるから、これを直ちにやめさせ、事後の無断売買の発生を防止し、また無断売買による信用建玉についても直ちにこれを解消させて損害の拡大を抑止し得たにもかかわらず漫然と放置したのみならず、無断売買による現金担保に不足が発生したことを知ると却って不足金を入金するなどして無断売買を助長し、自ら損害の拡大を招いたものであり、その責任は重大であるから、応分の過失相殺されるべきである。

(2) 適合性の原則違反の主張について

原告が非常に深い投資経験と豊富な知識を有するベテラン投資家であることは前記1(二)(1)主張のとおりであるから、適合性原則違反の主張は該当しない。

(3) 説明義務違反の主張について

① 信用取引の勧誘と説明に関する経緯は、次のとおりである。

すなわち、Bは、平成五年三月ころから原告に対する信用取引の勧誘を開始したが、最初のころは、信用取引について、預かり資産が二〇〇〇万円以上必要であること、ハイリスク・ハイリターンの取引であるといった程度の説明をしていた。

Bは、同年四月一〇日前後ころ、原告が被告会社大阪支店に来た時に昼食の招待を受けた際、原告に対して信用取引を勧めてみたところ、原告から信用取引について前向きの話が出た。そこで、Bは、原告に対し、信用取引について、二〇〇〇万円以上の預かり資産が必要であること、約定代金の一割の現金担保が必要であること、決済期日には三か月と六か月とがあって選択できること、決済方法としては反対売買で決済するか代金を入れて現物株での受渡しにすることもできること、金利負担がかかること、値下がりすると追加担保が必要になる場合もあること等、取引を開始するために必要な説明を行ったところ、原告から「ナショナル証券に預けてある株券を被告会社に預けて信用取引をやろう。」との返答があった。

原告は、同年四月二一日、約束どおり、信用取引の担保に入れる株券を被告会社に入庫した。

さらに、被告会社においては、信用取引を開始するにあたっては管理職の面談が必要であるところから、同年四月二三日、原告に被告会社大阪支店に来店してもらい、二階の応接コーナーでC営業課長とBの二名が応対し、再度、信用取引の仕組み等について前記内容と同様の説明を行った。この時、被告会社は、原告に「信用取引のしおり」と「信用取引制度」の説明書を渡し、信用取引説明書の受領書(乙六)と信用取引口座設定約諾書(乙七)に原告の署名押印をしてもらった。

② このように、被告会社は、原告に対し、信用取引を開始するに当たって必要な説明は全て行っている。

(4) 背任的取引の主張について

Bが被告会社の手数料収入の確保のみを図ったなどという証拠はない。

また、そもそも原告の主張する忠実義務ないし善管注意義務は総論的な抽象論にすぎず、これを個別に各論として展開したものが適合性原則違反や説明義務違反等なのであるから、結局、本件信用取引に違法な点があったか否かは、それらの個別的な各論の主張を判断すれば必要かつ十分である。そして、適合性原則違反や説明義務違反等の主張が理由がないことは前記のとおりであるから、背任的取引である旨の原告の主張は失当である。

(5) 過当取引の主張について

本件信用取引以前の原告の投資性向が極端な短期売買による利喰い狙い一辺倒であって、本件信用取引の内容も原告の投資性向の範囲内のものである。したがって、過当取引の主張の主張も失当である。

第三当裁判所の判断

一  ワラント取引について

1  前記当事者間に争いのない事実に、証拠(甲一〇、乙五、一二、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和二二年○月○日生まれであり、大学卒業後二年ほどした昭和四六年ころから約一〇年間、家業である繊維の卸業を自営し、その後数年間輸出入業の会社に勤務し、昭和六〇年ころに株式会社aという会社(アパレル関係業務)を設立して代表取締役に就任し、本件取引当時もその代表取締役であった。

(二) 原告は、平成三年ころから、ナショナル証券株式会社(以下「ナショナル証券」という。)やエース証券株式会社(以下「エース証券」という。)において、複数の借名口座を作っては新規公開株や新発転換社債の入札申込みをし、当選すると、公開日にすぐに売却するといった形式の証券取引をしていたが、新規公開株式の入札内容のチェックが厳しくなり、同一人が借名口座で複数の入札申込みを行うことが難しくなってきた。これに対し、原告の叔父のD(以下「D」という。)から、大手証券会社の中には個人での借名口座による複数の入札申込みに対して柔軟な姿勢で臨んでいる会社もあるとの情報を得たため、平成五年二月一五日ころ、被告会社大阪支店を訪問したところ、被告会社大阪支店の従業員であったBが応対した。そこで、原告は、Bに対し、新規公開株や新発転換社債の取引を申し入れたところ、Bが上司に相談した上でこの申し出を了承し、取引が開始された。

そして、原告は、被告会社大阪支店において、複数の借名口座を開設し、新規公開株式や新発転換社債の取引(別紙「X名義取引一覧表」1ないし10記載の取引)を行い、利益を出していた。

(三) 原告は、平成五年四月一四日ころの夜、Bから電話を受け、山之内製薬ワラント(本件ワラント)の購入を勧められた。そこで、原告は、Bから約一〇分間説明を聞き、結局、本件ワラント約二三〇〇万円相当を購入する旨承諾した。

Bは、同月一五日朝、原告の自宅を訪問し、門のところまで出てきた原告に対し、国内ワラントの取引説明書と外国ワラントの取引説明書を渡した上、ワラント取引の確認書(乙五)及び外国証券取引口座設定約諾書(乙一三)に署名押印してもらった。この時間は、約五、六分であった。

そして、Bは、同月一六日、原告の承諾を得て、本件ワラント購入の手続を行った。

(四) 本件ワラントは、原告が購入してから値下がりが続いたが、その後値上がりに転じ、平成五年九月下旬ころには原告の買値程度になったが、結局、原告は売却しなかった。

原告は、平成七年六月一日、本件ワラントを売却した結果、差引き金二〇二四万二三二四円の損失となった。

2  ワラントの性質等について

証拠(甲一、四、五、弁論の全趣旨)によれば、ワラントは、以下のような性質を有していることが認められる。

(一) ワラントは、一定の権利行使期間内に一定の権利行使価格で一定の数量の新株を引き受けることができる権利であり、ワラントを有する者は、その発行会社の株価が権利行使価格を上回っている場合には、ワラントを行使することにより、市場でその銘柄の株式を購入するのに比べ割安にこれを取得することができるが、株価が権利行使価格を下回っている場合には、これとは逆にワラントを行使することが経済的に無意味となる。したがって、ワラントは、まず新株引受権を行使して得られる利益相当額、すなわち株価から権利行使価格を差し引いた額に引受株数を乗じた額(パリティ)の価値を有するが、実際の取引においては、権利行使期間の終期までの株価の上昇を期待して、右のパリティに株価上昇の期待値(プレミアム)が付加された価格で取引されており、ワラントの価格はパリティにプレミアムを付加した金額である。そして、株価が権利行使価格を下回っている場合でも、市場において、権利行使期間の終期までに株価が上昇して権利行使価格を上回る可能性があるという期待感がある限り、プレミアムが存し、ワラントが価値を有するということになる。

ワラントは、権利行使期間が経過すれば無価値になるが、右期間内においても株価が権利行使価格を下回り、期間内に右価格を上回ることがないことが確実になったときは無価値になる。

(二) ワラントの価格は、一般的には発行会社の株価の変動に応じて上下するが、右の価格にはプレミアムの部分もあるため、株価の変動と必ずしも連動しない場合もあり、複雑な要因による値動きをするし、また、外貨建てワラントの価格は為替変動による影響も受ける。

そして、ワラントの価格の変動は、株価の変動に比較して数倍大きくなる傾向があり(ギヤリング効果)、投資金額に比して高い利益を得る可能性がある反面、激しく値下がりする危険性もあり、場合によっては投資金額の全額を失うこともある。しかも、前記のとおり権利行使期間が経過すれば無価値になることから、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する商品であって、投機的な色彩の強い金融商品である。

3  本件ワラント取引勧誘の違法性の有無について

(一) 一般に、証券取引における市場価格は、証券発行会社の業績や財務状況のみならず、証券市場を取り巻く政治的・社会的・経済的情勢によって形成され、変動していくものであり、その確実な予測は本質的に不可能なものであるから、証券取引に関し、証券会社ないしその使用人が投資家に対して提供する情報ないし利益やリスクについての判断も、本質的に不確実な要素を含んだ将来の見通しにとどまるものといえる。したがって、投資家が、その取引による利益やリスクについての証券会社ないしその使用人が提供する情報や判断に依拠してある証券取引を行おうとする場合においても、基本的には、投資家自らが、その取引による利益やリスクについて判断し、その責任において取引を行うか否かを決すべきものである(自己責任の原則)。

しかしながら、証券会社は、証券取引法に基づいて、監督行政庁から免許を受けて証券業を営む者であって、証券取引に関する専門家として、証券発行会社の業績や財務状況等に関する多くの情報と、証券取引に関する豊富な経験や当該証券取引に係る商品に関する高度で専門的な知識を有する者であり、それゆえ一般投資家も、証券会社を信頼し、その提供する情報、勧奨等に基づいて証券市場に参入し、証券取引を行っているのである。したがって、証券会社及びその使用人は、投資家に対して証券取引を勧誘するに当たっては、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報を提供し、投資家がこれについての正しい理解を形成した上、その自主的な判断に基づいて当該証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべきものといわなければならない。

以上の点に鑑みれば、証券会社及びその使用人は、投資家に対して証券取引を勧誘するに当たっては、投資家の職業、年齢、証券取引に関する知識・経験、資力等に照らして、当該証券取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、投資家がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該証券取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(以下、単に「説明義務」という。)を負うものというべきであり、証券会社及びその使用人が右義務に違反して取引勧誘を行ったために投資家が損害を被ったときは、不法行為を構成し、損害賠償責任を免れないというべきである。

(二) そこで、本件ワラント取引に関するBの原告に対する説明義務の内容を具体的に検討するに、Bは、本件ワラント取引を原告に勧誘するに当たり、まず、ワラント取引一般の特色について的確な説明をしなければならない。すなわち、①ワラント取引における権利行使期間の制約の存在という特質に関し、権利行使期間を経過してしまうとこれらの権利行使ができなくなり、ワラントは経済的に無価値になってしまうことや、権利行使期間経過前であっても、株価が権利行使価格を下回り、かつ、残存期間が短くなったワラントの売却が困難となるおそれが大きく、この点のリスクを正確に認識する必要があること、②ワラントの価格変動の大きさと価格変動予測の困難性という特質に関し、少なくともワラントの市場価格は、基本的にはワラント発行会社の株価に連動して変動するが、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株式の値動きに比べてその数倍の幅で上下することがあること(ギヤリング効果)、について、十分に説明すべきである。

ところが、Bは、原告に対し、このような十分な説明をしていないといわざるを得ない。Bは、原告に対して十分な説明をした旨証言するが、Bが原告に対する説明に要した時間は、Bの証言によっても平成五年五月一四日の電話での約一〇分間と翌日朝の原告宅の門の前での立ち話の約五、六分間であり、ワラント取引の経験のない原告(甲一〇、証人B、原告本人、調査嘱託の結果、弁論の全趣旨)に対して、このような短時間に、前述したワラントの特色を的確に説明して原告に自主的な判断に基づいてワラント取引を決定できるような正しい理解をさせるに足りる説明をしたとは到底認められないのである。

確かに、原告は、証券取引の経験はかなり有している者であるが、ワラント取引の経験はなかったわけであり、ワラントについて初めて説明を受ける者にとって、ワラントの特色は短時間の説明を聞いて少なくとも自主的判断に基づいてワラント取引ができるような正しい理解ができるようなものではないから、Bの行った短時間の説明では不十分であるとの認定を左右するものではない。また、Bは、原告が理解していたと認識した理由として「原告が特に質問してこなかった。」という点を指摘するが、よく理解できないから質問すらしなかったということも往々にしてあり得るから、質問がなかった点のみをとらえて原告が理解していたと認定することはできない。むしろ、説明時間の短さに照らせば、Bの説明が理解させようとするものではなく一方的なものであったことを強く窺わせるとさえ言えるのである。

したがって、被告会社の使用人(従業員)であったBは、原告に対し、本件ワラント取引の勧誘をするに当たって、原告の職業、年齢、証券取引に関する知識・経験等に照らして、本件ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、原告がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて本件ワラント取引を行うか否かを決することができるように配慮すべき信義則上の義務(説明義務)に違反して本件ワラント取引の勧誘を行ったというべきである。

よって、Bの右行為は不法行為を構成するものであり、被告は民法七一五条により損害賠償責任を免れない。

(三) なお、原告は、本件ワラントの勧誘行為が適合性の原則に違反するものである旨も主張している。

確かに、原告は、それまでワラント取引を全くしたこともなかった者である。しかしながら、①新規公開株や転換社債についての取引経験がそれなりにあったこと(原告自身も認めているところである。)、②証券取引について深い知識と経験を持つ叔父が相談相手としていたこと、③本件ワラント勧誘行為当時、原告は四六歳で会社を経営するほどの能力を有していたこと、の諸点に鑑みれば、原告は、ワラント取引による利益やリスクに関する的確な情報の提供や説明を受ければ、ワラント取引の特色について正しく理解することができ、その自主的な判断に基づいてワラント取引を行うか否かを決することができる者と認められるから、原告がワラント取引について適合性を有していないということはできない。

4  原告の損害について

(一) 原告は、Bの前記不法行為(説明義務違反)により、本件ワラントの購入価格から売却価格を差し引いた額二〇二四万二三二四円の損害を被ったものというべきである。

(二) 過失相殺について

しかしながら、①原告は、Bの説明が不十分であったのに適切に質問する等せず、安易にBの勧誘に応じて本件ワラントを購入したものであること、②ワラントの価値と株価が連動していることを認識している等ワラントに関してある程度の理解はしていたこと、③本件ワラントの値動きも気にとめたりしており、平成五年九月下旬には買値と同じ程度にまで値が戻っていたのに売却しなかったことから損害が拡大した面があることは否定できないことなど、本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると、原告の過失の割合は五割と認めるのが相当であるから、結局、原告の損害は一〇一二万一一六二円となる。

二  本件信用取引について

1  本件信用取引の経緯について

証拠(甲一〇、乙一、二、六、七、一二、証人B、原告本人、弁論の全趣旨)によると、次の事実を認めることができる。

(一) Bは、平成五年四月一〇日ころ、原告に対し、信用取引を勧誘し、①二〇〇〇万円以上の預かり資産が必要なこと、②二億円以上になると現金担保は不要となること、③約定代金の一割の現金担保が必要であること、④決済期日には三か月と六か月とがあって選択できること、⑤決済方法については反対売買、もしくは代金を納入して現物株として買い付けるという方法があること、⑥金利負担がかかること、⑦購入した株式や担保として差し入れている株式の評価が下がった場合、追加の現金を入れるか、代用証券として株式を郵送してもらわなければならないこと、等を説明した。すると、原告は、ナショナル証券に預けてある株式を被告会社に持ってくる旨述べ、同月二一日、株券を被告会社大阪支店に入庫した。

その後、原告が同月二三日に被告会社大阪支店に来店した際、B及びCは、原告に対し、信用取引の仕組みを説明するとともに、「信用取引取引制度」及び「信用取引のしおり」と題する信用取引に関する説明書を交付し、信用取引説明書の受領書(乙六)及び信用取引口座設定約諾書(乙七)に署名押印してもらった。

(二) その後、Bは、ほとんど毎日のように午前九時前後に原告に電話をかけ、原告がいない場合にはいる時間帯をみはからって再度電話をかけて、原告の事前の承諾をとってから、信用取引をするようにしていた。

ところが、途中から、Bは、原告に電話をしても連絡がとれないときに、原告の事前承諾がないまま信用取引を行うことも出てきた。その事前承諾のない信用取引は、次のとおりである(別紙「X名義取引一覧表」記載番号38の売却を除いて当事者間に争いがない。なお、別紙「X名義取引一覧表」記載番号38の売却については、平成五年七月一六日になされているところ、同日になされた日本ケミコン一万株の買建てが事前の承諾を得ていないことについて当事者間に争いがない以上、同一覧表記載番号38の売却だけが事前承諾を得ていたと認めることはできない。)。

(買建て)

(1) 平成五年五月七日 日本ケミコン三万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号19、20、21)

(2) 同月一二日 三菱自動車一万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号22、23)

(3) 同月二〇日 トーヨーカネツ二万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号28、29)

(4) 同年六月四日 スタンレー五万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号33、34、48、49、50)

(5) 同月二八日 興亜石油一万五〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号35)

(6) 同年七月一六日 日本ケミコン一万株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号39、40)

(売却)

(1) 平成五年五月六日 日通工一万四〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号16、17)

(2) 同月七日 日通工一万一〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号18)

(3) 同年六月二八日 スタンレー二万五〇〇〇株(別紙「X名義取引一覧表」記載番号33、34)

(4) 同年七月一六日 ローム三〇〇〇株(別紙「X名義取引市ら表」記載番号38)

(三) 被告会社は、原告に対し、個々の取引の翌日に取引報告書を、毎月一回月次報告書を、それぞれ送付していた。これに対し、原告は、明示的な異議を述べていない。

また、原告は、平成五年一二月二九日、被告会社大阪支店において、「お取引残高確認書」(乙一)に署名押印したが、特に異議を述べてはいない。

2  これに対し、原告は、本件信用取引全てについて、Bが勝手にやったもので無断売買(取引)である旨主張する。しかしながら、①原告は、平成五年四月二一日にかなりの担保証券を被告会社を入庫していること、②原告が同月二三日に被告会社大阪支店に来店した際、B及びC営業課長は、原告に対し、信用取引の仕組みを説明するとともに、「信用取引取引制度」及び「信用取引のしおり」と題する信用取引に関する説明書を交付し、信用取引説明書の受領書(乙六)及び信用取引口座設定約諾書(乙七)に署名押印してもらっていること、③Bは、事前承諾を得ずに信用取引した分を本件訴訟になってから自ら供述しており、それ以外の分については事前承諾を得ていたとの供述は概ね信用できること(ただし、別紙「X名義取引一覧表」記載番号38の売却を除く。)、④原告は、平成五年一二月二九日、被告会社大阪支店において、B及びC営業課長の二名に説明を受けた上で、特に異議を述べることもなく「お取引残高確認書」(乙一)に署名押印していること、の諸点に鑑みれば、信用取引について全てが無断であるとの主張は採用できない。

次に、原告は、本件信用取引について適合性の原則に反する旨主張している。しかしながら、①原告は、新規公開株や転換社債についての取引経験がそれなりにあったこと(原告自身も認めているところである。)、②証券取引について深い知識と経験を持つ叔父が相談相手としていたこと、③本件信用取引勧誘行為当時、原告は四六歳で会社を経営するほどの能力を有していたこと、の諸点に鑑みれば、原告は、信用取引についての適合性を欠いているとは認められない。

また、原告は、Bの説明義務違反があった旨を主張する。しかしながら、本件ワラント取引と異なり、本件信用取引についての説明は、被告会社大阪支店におけるB及びC営業課長が行っているものである上、原告が「信用取引説明書の受領書」(乙六)を提出していることから信用取引に関する説明書を受領していると認定するのが相当であるから、説明義務違反もないというべきである。

さらに、原告は、本件信用取引が過当取引である旨主張する。確かに、本件信用取引は頻繁な取引が繰り返されており、過当取引であるとの疑いもないではない。しかし、Bは、前記無断売買と認定される取引を除けば、原告の事前承諾を得た上で取引を実行しているのであるから、特に違法性を認めることはできない。同様に、背任的取引である旨の主張も採用できない。

3  本件信用取引の違法性について

(一) したがって、原告の事前承諾を得ることなくBが行った取引が無断取引として違法なものということになる。この点につき、原告が別紙「X名義取引一覧表」記載番号22、23の三菱自動車工業一万株を買い付けた直後の平成五年五月一四日に担保の不足分の現金の入金をしたりしていることや、その後に送付していた取引報告書や月次報告書を受領しながら全く異議を述べていないといっても、Bに言われるまま現金担保を入金しただけの可能性もあるし、異議を積極的に述べられない性格の人物もあるから、これをもって追認したものと認めることはできないと考える。少なくとも、事前承諾を得ることなく取引を行うことは絶対に許されないことであるから、この追認については明示的に争いのないよう確認しておく必要があり、これがない限り、追認したとは認定できないというべきである。

(二) この無断取引について、効果は原告には帰属せず、原告が被告会社に預託した本件信用取引における委託保証金ないしその代用証券、損金の決済その他に利用された前記有価証券の返還を被告会社に請求できるから不当利得の問題が生じることはあっても、損害は発生していないのではないかとの疑問もある。しかしながら、本件のように、一連の信用取引の中で行われた一部の無断取引についてのみの不当利得を考えることは不可能であると思われるから、結局、損害が発生していると認めてよいと考える。

そして、この損害額は、無断取引によって損失が出たものと認めるのが相当であるから、結局、合計四七六万七三七〇円となる(なお、無断取引が違法であることは明らかであって、Bの違法行為について被告会社は使用者責任を免れることはできない。)。

また、この無断取引は原告の関与しないところで行われたものであるから、過失相殺を認めるのは相当でないと考える。

三  弁護士費用について

原告が本件訴訟の提起・追行を訴訟代理人である弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件訴訟の経過及び認容額など諸般の事情を考慮すると、原告が被告に対して不法行為(使用者責任)に基づく損害賠償として請求できる弁護士費用は一五〇万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上のとおり、原告の本訴請求は、損害賠償金合計一六三八万八五三二円及びこれに対する不法行為の後である平成六年一月六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

(裁判官 藤田昌宏)

<以下省略>

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